神主が願いを何でも叶えられる理由

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神社では様々な祈願を受け付けていますね。
「神頼み」という言葉がありますけれども、一体どのようにして願いは叶っていくのでしょうか?

私が行を修めた感触や教えて頂いたことを元に、願いが叶う仕組みについて考えてみたいと思います。

祈りの経路

日本では古来から明治に変更されるまで神主は世襲でした。これは何故でしょうか。

明治天皇までの歴代天皇が修められ、畏くも私もまた修めさせて頂いた行は、まず親や先祖に繋がっていく行から始まりました。親はまだ生きているとして、先祖は亡くなっていますから現実には存在していないのですが、まったく存在していないのではなく、分かりやすく言えば、火葬や埋葬により、土や煙となって自然の一部になっているわけです。

行が進むと、この自然と繋がっていく段階に入っていきます。すなわち親や先祖を中継として、自然界、すべての存在へ接続していくというわけです。ここに意思を入れて、様々な願いを叶えて行きます。私もこの方法でヒーリングを行っています。

このように遡っていく過程で、自分の先祖がハッキリしないのではうまく上っていくことができません。かつての神主という立場の方々は、皆もれなく天照大御神とその上代まで系図を遡ることができた方々でした。(もちろん、今も昔からの方が神主をされている神社も多いと思います。)私の場合は神明宮の神主を務めていた先祖から天照大御神へ繋がっています。

現代に与えられた課題

このような手法の関係で、世襲をせざるを得ない事情がありました。男性はY染色体という、父親からまったく変わらない型を持った遺伝子を受け継ぐことから、男系男子で世襲を行うのが定めでありました。ただ、女性にも稀に奇跡的な組み合わせが現れることもありますので、空白を一時的に埋め、その後の男子の継続のために女性が役目を負うこともありました。(女性の子には世襲しない。)

これは皇室の定めと似ています。そもそも神社で行う祭祀の最たるものが天皇陛下のおつとめです。自然界への接続方法もやはり同様と考えられます。完全に男系男子で継続しておりますから、手法が確立されてあればその祈りには大変な力があるのです。

ところが冒頭で書いた通り、この行は明治天皇で途絶えています。これは明治天皇が不要とご判断されたため、と伝えられています。長い歴史の中でやはり幾度か途絶えたことがありましたが、この行を修めていないと半帝と呼ばれていたのだそうです。科学の世になったとはいえ、果たしてこのままで大丈夫でしょうか…

私たちのような民間が支え行うにしても、神社のシステムも変えられてしまった今、末々まで守り切るには限界があると思います。

むしろ日本とは、科学に依存する生き方とは別に、他国と異なるものを持っていなければならない国なのではないでしょうか。

平安時代より続く神明宮社家の末裔。旧宮中神祇に学び、独自の感性を基に探究を進め占い師および臼井霊気療法師範として活動。著書に「成長する伝言」、月刊情報誌「ほっとパル長野」12星座占い・血液型占い連載、フィーチャーフォン・スマートフォン公式占い監修など活躍多数。

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