哲学

人想うゆえに、人を見る

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人の深さには、観察力によるものがあります。

たとえば、どのような言葉や態度が人に好感を与えるのかは、自分以外の人をよく観察してきて得た「実感」であることが多いものです。

これは、客観的な真実を捉えようとする冷静な目で人を見続け、かつ、繊細なこころで捉えていくという鍛錬が必要なものであります。

「観察」には、自分の心から発する感情や偏見を、皆無にして行う必要があります。

そうでなければ、色眼鏡で物を見るようにして、観察対象の一挙一動に特別な意味が出てきてしまうためです。


「けれどこれは、勘違いかもしれない」

真実を知るためには、”対象の一挙一動あるいは一言を、自分は完全・正確には捉えきれないだろう”という確固たる真実を腹に置いておかなければなりません。

私は、人間的な深さを増すひとつの方法として「未知の領域の存在を知る」「自分の未熟さを認める」ことを勧めています。

自分は完璧ではないこと、完全に正しいわけではないこと。

負けず嫌いの人には困難なことではありますが、たとえ喧嘩の中でもこれを据えておくと、その喧嘩は意味を増し、目的を見つけ、有意義なものになっていきます。


守らずの心

人には、自分の命を守るために、防衛本能が深く根付いています。

この防衛本能によって、怒ったり恐れたりという感情が生まれてきます。利害が本能と響きあうことで生まれるこの色眼鏡には、特に注意せねばなりません。

この本能のために、ほとんどの人が真実を見ることができないまま、自分の思うようにしか世界を見ることが出来ていません。

常に好奇心をもってこの曇りを払い、未知の領域を感じることが出来たなら、人々はやっと、新しい世界を受け容れることができるのかも知れませんね。

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