生きる理由

生きるために生きるのは夢の中を歩くようなもの<3>

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大きな困難に直面して、生死を検討するまでに至り、そして答えを得た人は強い人間になります。

もしそうでなくても、自ら「なぜ生きなければならないのか」を考えることはとても大切なことです。


「真実」ではなく、心地よさや美しさに基点を置く

真実を追って行った結果、どうせ死んでしまうなら何をやっても無意味で、何も残らないのだから、人生はヒマつぶしだ、などと言う人がいます。

では仮に、その考え方で生きて行ったとしましょう。

こうした考え方、すなわち乱暴な生き方をしたことで問題は膨れ上がり、不幸は積み重なって、最期には人生に悪態を吐きながら亡くなることになるでしょう。

そして人の記憶には「嫌なやつだったな」という負の記憶しか残りません。

果たしてこれは、美しいことでしょうか。


死んだあと、あなたは

「自分が亡くなれば何も無くなる」という考え方は、ごく主観的な視点です。

これは、自分さえ良ければ他はどうでもいい、という考え方にも繋がっています。

自分が亡くなる時というのは、当然、他に残る人があるわけです。

自分は亡くなったとしても、そうした人々の記憶にはあなたの行いは残ります。

行いの記憶が残るということは、それに影響されて生きていく人々があるということです。

世の中に害を成して逝こうとする人に、幸運の女神がはたして微笑むでしょうか。


よい人生を望まない人はいない

世の中=現世(うつしよ)に良い影響をもたらす人を、幸運の女神は祝福します。

真心こめて、不平不満をこぼさず、嫌なことは水に流して、知識を蓄え、知恵を絞って、一生懸命に「生かす」ことが、与えられた命の役目であり、次に、そうすることが自身も快適に「生きる」鍵でもあるのです。

この世で、自分が生きるために生きていては、その道はずっと暗黒の闇の中でしょう。

生かし合うということが、ひとつは古くから伝えられる人の世の理であり、
そして、
繋がりあう、愛のある人生を手に入れるための考え方なのです。

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