日本の基礎知識

骨を家においてはいけない理由

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ルーツヒーリングおよび家系図鑑定は、出来る限り宗教概念やオカルト要素を排除して、人間性・愛・常識・道徳・伝統という観点で、すべての人が納得できる形で精神治療を行うものです。

魂がどのように動くかと説明したところで、頭では納得しきれない人が現代には多くなりました。ただ、当事者には「分かる」ことが多いですので、手っ取り早くその感性を辿って「腑に落ちる」現象を体感していただくこともあります。

しかし、私が説明するのは大方、このようなことです。


骨は誰のものか

もし、遺骨を生前の故人と同じように扱おうとすれば、それは様々な歪を生み出します。

普通に考えてください。

骨とは、遺骨とは何でしょうか。
それは、その人が生きてきた時間の全てを含むものです。
伴侶や家族個人の家に留めて良いものではありません。

その人が生きてきた時間には、家族以外にも、お世話になった人、お世話をした人が大勢関係しています。

お墓参りをしたいと願ったとき、骨がお墓に納められていなかったらどうでしょうか?

親戚ですら、家族の家にまで上がって手を合わせるわけにはいかない場合がほとんどでしょう。

その骨は、その人が生涯関わってきた人々すべてにお墓を通して解放・共有されるべきものであって、個人の所有物にしてはいけないのです。


墓の混乱

同様に、その必要がないのに合同墓を希望する人も多いと言います。

義理の家族と一緒に納められたくないという人も多いようです。

遺された兄弟、親戚、友人、同僚、同級生、彼らの手間を考えたことがあるでしょうか。

恩を仇で返すことの無いよう、分かりやすい場所に納めて頂くのが死後のマナーというものです。

骨になってしまったら、残るのは「自分にとっては」不要となった廃棄物でしかありません。

自分の遺骨を生前のように思うのは極めて異常なことです。

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