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全知の扉 ~セラピーの真価~

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人は寂しさを抱えています。
そこから依存心が生まれます。

人は基本的に不安定な生き物ですから、
人を寄る辺にしている限り、
心が安定することはありません。

多くの聖人が独りでいることを好んだのは、
不安定な「人」ではなく
絶対的な存在との対話と安定を心地よく感じていたからです。


その存在と繋がるにはどうしたら良いでしょうか。
様々な手段があります。
私はただ、私の奥深くをじっと視れば良いだけです。
そこは、小さなブラックホールが広大なホワイトホールに繋がっているかのように、すべての情報にアクセスできる「点」があります。

全知の扉 - Omniscient Gate -

魂を研ぎ澄まし、汚れを落とし、狂いを調えて、
やっと現れる神秘の扉です。
汚れるとすぐに見えなくなりますから、常に磨いておかねばなりません。

問えば、すぐに開いて答えが出て来ます。
問わなくとも、自分に必要なことは必要な分だけ漏れ出て来ます。

例えば、2019年11月「なぜか」マスクを随分余計に買い込んでしまっていた、と言う具合に(翌春マスク不足が訪れたのはご存知の通り)。


絶対的存在と接続すると、神聖な感覚に満たされます。
心は芯から安らぎ、不安は吹き飛んでいきます。
それも根拠のない安心感や恍惚ではなく、原因・対策・結果が分かることによるものです。

その胸には、ただただ、ありがたさだけが滲み出てきます。


魂はどのように汚れ、扉を隠してしまうのでしょうか。
そもそも人は、生まれて育っていく過程でこの存在を知らされる機会がありません。

人はまず、知らない(認識しない)ことで汚してしまうのです。

きっかけは、無知。原因は、生命が生きるということの厳しさ。
つまるところ、生きることに必死になり様々な欲や不安に翻弄された結果、汚れていくのです。
人には全知の扉が隠されているのに、それを開けようという気力すら持たせてもらえないほど、人は「忙しい」。

しかし、どんなに忙しくとも、無知を乗り越えれば、厳しさを乗りこなし、その叡智によってそれぞれの暮らしをより安楽にし、清さを保つことも不可能ではありません。


私の元には、まがいものセラピー(占い)に被害を受けたという相談が度々あります。

1990年代よりセラピーを教える活動が活発になり、結果セラピストが増えましたが、“まがいもの”になってしまうのは何故でしょうか。

人には、天命というものがあります。
人間社会の中で、いつ、どんなことをしなければならないのか、ということは予め定められています。

まがいものになってしまうのは、セラピーの真価と天命を誤解しているからです。

セラピーを学んだほとんどの人は、セラピストになるという天命を持っていません。持っていたとしても、60歳代や70歳代になってからです。

しかしそれ以前にセラピーを学ぶ機会や関心を持たせられているのは、近現代の多くの人に、それぞれに定められた天命の中で重大な使命を果たさなければならないからです。

すなわちセラピーサービスで生計を立てるために魂を磨くのではなく、叡智によって現れる真の善良さ(人間性)をそれぞれの天命(環境)に浸透させ、社会を賢く=進化した人類という集合体へシフトさせるという使命です。


だからこそ、学んだ人はどのような環境においても不都合が起きないよう、有利に生きられるようになっているのです。


魂を磨き全知の扉を得ることは、
たとえわずかでも、霞んでいても、
人々がより生きやすく平和な世界を実現することになります。


江戸時代、これを悟って、宮中に伝わっていた
  魂を磨く方法を広めようとした人がありました。

大正時代、探求の末、やさしく段階的に
  その神聖な感覚を教え広めようとした人がありました。

私は彼らの遺志と手段に縁あって触れ、
  全知の扉から、その想いに触れました。

彼らの想いは、“尋ねなくても訴えかけてくる”とても強力なものでした。

その日本に、私の魂を招いたのは彼らだったのでしょう。


関連リンク:

レイキスクール(ARIA公式)

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