臼井先生は「鞍馬山で21日間の断食の後、霊気を体得」しました。遠隔法についてもこの時に悟られています。

このように申しますと「鞍馬山」が凄いように考えられがちですが、真実は純粋に「山という人間にとっては過酷な環境」と人間が命を懸けるという「覚悟」にあります。

先生は死を覚悟して断食の末、死線をさまよい、そこに靈氣(何らかの尊いエネルギーという意)を与えられました。同時に、離れた場所にこのエネルギーを送ることができることも悟ります。

この靈氣法を分け与えるため、多くの弟子を取り、臼井霊気療法学会という伝授の場を作ります。ここで当初先生は靈氣エネルギーを伝授すれば遠隔法も使えるようになるもの、と考えておられました。

ところが、弟子たちは口々に「遠隔法は難しい」と訴えます。これは現代でも多くのヒーラーが頭を悩ませている問題のひとつです。

このため、臼井先生はシンボルという方法を考案されました。しかし、シンボルだけでそのすべてを使いこなすことは、できないのです。


私は死を覚悟の上で旧宮中神祇に学びました。しかし仮に同じように行ったとしても、何を行ったとしても「覚悟」が無ければ、何も実りません。

稼ぐことや生きることだけを考え、死を覚悟することができないヒーラーには、遠隔法の深淵は永遠に謎のままなのです。

すなわちこれは「死にたくない」と思う限り、不可能な技術だったのです。

 



命を懸けることで得られる第一の悟りとは、自分がどのような役目を与えられて生を受けたのか=<天命>ということです。

私は古い神明宮社家の子孫で、神代の血が色濃く残っている家系に生まれました。このことで魂はこうしたことを成しあげるよう、明確な目的をもって作られていたのです。

私は与えられるべくして与えられ、悟るべくして悟り、与えるべきものを与えているだけなのです。

Caloa Takao