墓じまいという言葉が聞かれるようになり検討する人も増えてきたようですが、根底には面倒で高い、墓守や後継ぎがいない、という事情が大半であるようです。法律面の話はどこでも聞けるので良いとしまして、では「霊的に大丈夫なのか」というところを専門家の視点からお話ししたいと思います。守るべきポイントは以下の二つです。

  • 骨は地中に納めること
  • 無念の魂(幽霊・怨霊)にならないようにすること

高価な墓石や葬儀は、正直見栄のようなもので、家系の豊かさを示すためのものにすぎません。しかし上の二点だけは守らないと子孫が霊障に冒されることになります。よってこの二点が上手く(安く)達成できればいいわけです。

地中に納めなければならない理由

神道では地上が現世(うつしよ)、地下が幽世(かくりよ)であると伝えられています。よくたとえ話で、生きてる人が地中に埋められたら生き埋めになって苦しいのと同じように、亡骸を地上に出したままにしておくと苦しいんですよ、という話をします。これまでの鑑定を見ても、こういうケースがあると、親族に精神的あるいは身体的な異常が共通して現れるといった奇妙な現象がいくつも確認されています。

墓じまいと言う新しい商売

墓じまいというのは、中身を見ればただの改葬(お墓の引っ越し)にすぎず、わざわざお金をかけてまですることではありません。骨がある以上、墓を「消去する」ことは現実的に不可能なのです。永代供養や合同墓は生存中に管理費がかかるうえ、骨の扱いは犯罪者と同じになります。であれば代々の墓は下手にいじらず、自然のままにしたほうが遥かに良いというのが私の経験則から来る結論です。もし菩提寺からの請求があまりにもひどい場合は、同志で決起しても良いのではないでしょうか。

無念の魂にしない方法

魂については、骨の扱いとは別個に考える必要があります。骨は最低でも地中にあれば悪さはしないということが分かっています。しかし無念を持ったままの魂は「供養」してあげなければならないわけです。このため、葬儀という格好で供養の準備をしてきたわけです。

これが、今までの一般的なやり方でした。

自らの魂を無害化するのは、相応の精神的な熟練が必要になります。「気のありよう」だけでどうにかなるほど生ぬるいものではありません。それまでの先祖の蓄積が肉体に業として宿り、枷として存在しています。よって仏教の輪廻解脱の理を取り込んで魑魅魍魎をどうにかしようとした、それが飛鳥時代でした。ところが今、その頼みの仏教も安価な維持は望めないわけです。

葬儀にお金をかけないスタイル

最小化の極みとして、棺桶だけ揃えて火葬代だけで済ませる「直葬」という方法も登場してきました。これはちょっとさすがに恐ろしい感じがします。ではもし、直葬に近い形で最小限で「安全に」行おうとしたらどうなるか。
師が教えてくださった言葉を思い出してみると、ピンと来るものがありました。これが有効であればすでに手遅れになった存在にも効果があるはず・・と、一般の方の手を借りて実験を行いました。結果、大成功でした。まず親や先祖の魂を無害化する方法は神道をベースにした以下の方法で可能なことが分かりました。

葬儀に用意するもの

  • 棺桶
  • 位牌または霊璽
  • 修祓香明

先祖伝来の枷を浄化する手段

  • ルーツヒーリングセット
  • 修祓香明(重篤な場合)

物を揃えて説明書通りに自分で行えばいいだけですので、寺社の維持費や人件費に回すための費用は存在せず、結果的に安価でできるというわけです。


絶家確定になってしまったら?

一番困るのがここでしょう。「墓守がいなくなる」少子化という現実。結婚できず、子供も作れない。
こればかりは個々に対処方法が異なるので家系図を元に鑑定する必要があります。
そもそも絶家の気配がしている時点でいろいろと障害が出て来ているはずなので、対策を講じないと悪化する可能性があります。速やかに相談を申し込みましょう。