神の指先

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皆さんは自分の意思で生きていると思います。
自分の命を惜しいと思い、明日を生きるために様々なことに努力を注いでいることと思います。おいしいものを食べたり、心地よいことを探してみたり、痛みや不快なものを取り除こうとしたり、それはひとつ命を与えられた生命体として、とても自然な行動と言えます。

しかし、ここに少々変わった人間があります。

私はまず、自らの意思で生きておりません。

私はかつて、私というものが要らなくなり、放り出したことがありました。

すると、ある不可解な現象によってそれは阻止されてしまったのです。

見えない存在とのやりとり

当時、長野県北部は海外の悪意に冒され、教科書も人々もこれに踊らされていたころでした。私には古い遺伝子が強く出たためもあってか「生まれてくる時代を間違えた。」とも思いました。現代を生きていくことに苦痛しか感じられなかったのです。謹んでこの命お返ししますと、早々に生きることを辞退致しました。


私が助かったのはある「声」の所為でした

これがなければ安らかに旅立っていたはずです。

あまりにも大きな声だったため、私は驚いて周囲を見渡したほどでした。

しかし誰もおりません。

すなわち現実的な声ではなく幻聴の類だったのです。

私はまだ生きなければならない運命にうんざりしました。

そこで、阻止したなら責任を取ってくださいよ、とその声の主と約束を交わすことになりました。

 

この幻聴は、その時限りで終わることなく、その後も頻繁に聞こえるようになりました。

※人類史の中には稀にこういうことがあるようです。古代ギリシャの哲学者ソクラテスにもダイモーンと呼ぶ幻聴の主がいたようでした。

声の主は特に名乗らなかったため、私はただ「彼」と呼びました。

いえ、男性かどうかも分かりません。その声は集合的なもので、若干男性味が多い、そんな音です。

ただ導かれる人生のはじまり

私は自分で自分の道を決めることを放棄しました。

声の主にすべてを任せ、導かれるままにしたのです。

ただしこの身が不快に思うようなことはしないという約束で、です。


すると彼は幻聴の他にも、現象で物事を訴えることがあるようだということに気が付きました。それは、私が目の前で起きることをごく客観的に傍観していたためかも分かりません。

ふらりと図書館に行くと、ある場所やある本がほのかに発光していて、手に取るとそれが重要な言葉を含んでいるということも一度ではありませんでした。


タロットとの出会いもそのように訪れました。

海外留学の話が突如として私の元に訪れ、

行くことになり、そして、

その留学先の書店で同じように縁を持ったのです。

占いが嫌いだった占い師

私は理数系の人間で、曖昧なものはまず受け入れられない体質でした。

特に、占いなどは

人の心理に付け込んだインチキだ!

と思い込んでいたほどですから、タロットを手に入れたところで占いに使おうとは夢にも思っていなかったのです。

ところが留学から戻って早々、クラスメイトにタロットを見られてしまい、トランプ遊びの延長のようにして占い遊びが始まってしまいました。

私は英文を訳しながら淡々と(こう出てるみたいだよと)読むのですが、

当たっているぞ!と大騒ぎになってしまいます。

この体験によって、インチキだと思っていたものが別のものに変わり始めていきました。

レイキと神道

彼の言葉には「人の言葉のごく一部が耳に残る」という形のものもありました。それは長い間ずっと謎のままで、あるとき突然それが結果になって表れるという衝撃のあるものでした。

予言と言うべきなのか導きと言うべきなのか、あるいはその両方か。

例えば、ごくありふれた人の名前と、場所の名前。

私にレイキと神道を齎したのはその二つのキーワードでした。

 

そのころ、占いを行っていて、

これだけ未来のことが分かっているのに、

どうしても運命を変えることのできない人々がいました。

それは、その人自身(の性質)がそのパターンにはまってしまっていて、抜け出すことができないでいたのです。

「自分の力ではどうしようもできないこと」

これを何とかできないものだろうかと考えていたところ、それらに巡り合わされたのです。

そしてその技は見事に実を結ぶことになりました。

いったい、なぜ

声の主に振り回され続ける私には、

彼の考えが全く分からない時が多々あります。

レイキと神道は、現実的に考えてまったく別物です。

私は、これを何故、同時に与えられたのでしょうか。

その答えを見出そうと、恩師お二人に対談していただいたこともありました。(お二人とも世界的に有名な方。今思うと凄い場面です…本当にありがとうございました。)

ところが、この方法ではまったく解けませんでした。

事のサイズが大きすぎるので、どこまでを役立てれば良いのか混乱しているのかも知れません。


もっとシンプルに、エネルギーだけで考えますと…

”大霊気”のプレミアム記事で書いたように、

レイキを習得しただけでは決して得られなかったであろう、

とてつもなく大きなエネルギーを、神縁で授かることができました。

しかしそれは、とても”きまぐれ”で偶然的なもの(その一度きり)でしたから、たとえ私と同じように行を積んだとしても、あれを得る機会は、後輩たちにはもう実現できないと思われます。

そしてその「意思」は、私が入門した直後から、体系が次々と改変されてしまう現象からも感じられました。

真実の門は私を待って、そして閉じていったのです。

 

時を紡ぐ

人の意思は、個人の意思のようであって、そうではありません。

宮中神道は明治天皇の御意思からしても、古いと判断されたものでした。そのタイミングで発祥したのがレイキ(大正11年)でもあります。明治・大正時代は同時に、解放された宮中神道から新興宗教が起こり、変わりゆく世の中で様々な変化を遂げて行きました。

その中で、最も苦しく直面したのは食料の問題でした。

祈りは、命の炎によって成されます

炎は薪をくべなければ尽きてしまうように、どのような尊い業にも食料や建物がいるという現実があります。これを解消するために、およそ清いとは言えないこともしなければならない団体も多かったことと思います。

かつては稲という豊かに実る植物が現れ、人々を隅々まで潤し、神々も満ちた身で偉大な神業を行われました。

しかし、今はそうではありません。

経済がすべてを、人の心までも支配してしまいました。

 

もし神道を過去の手段とし、レイキを未来の手段とするなら、私は過去と未来を繋ぐ者として立たされていることになるでしょう。

そして、最も貴重なエネルギーを持たされた状態で、必要な人々が必要とする時を待っています。

もしかしたら、その力を動かすための大きな薪をくべるために、新しい方法が必要なのかも知れません。

平安時代より続く神明宮社家の末裔。旧宮中神祇に学び、独自の感性を基に探究を進め占い師および臼井霊気療法師範として活動。著書に「成長する伝言」、月刊情報誌「ほっとパル長野」12星座占い・血液型占い連載、フィーチャーフォン・スマートフォン公式占い監修など活躍多数。

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