各地で水害が起き、海水温の上昇により温暖化と気候変動を肌で感じる時代が来てしまいました。ある人は化学力でCO2を吸収させようとし、ある人は北極の氷を厚くしようと各々「活動」しています。
私の眼には、申し訳ありませんがどれも決定的な最適解には見えません。
その答えは、20年以上前に著した「成長する伝言」にも記されています。その表現を変えるとこうです。
人類が健康にならなければ地球は健康にならない
まだまだ人類は、自分と地球とを別のもののように思考しています。そのために、冒頭のような解決策を考案してしまうのです。もっと根源的に、人類と地球との連動を感じ取ると、よりコストがかからず、効率的で、自然で、健康的な解決策にたどり着くはずです。
凍てつく町、清里
イメージしやすいように例を挙げましょう。
山梨県に清里という有名な観光地があります。夏は冷涼な気候を楽しもうと多くの観光客が訪れます。賑やかに活気が満ちた楽しい季節です。いっぽう冬は、当然のように氷点下となり、駅前の商店街も閑散と閉ざして眠ったようになります。そう、町全体が「凍って」いるのです。そうして静まった草原は美しい霜や雪に覆われ、地球の一部を冷やしています。
人々の活動の特徴
コロナのおかげでいったんは広まったリモートワークでしたが、SDGsを牽引するはずの日本では残念なことに出社主義に戻ってきてしまっています。このスタイルではエネルギー需要が増えてしまい温暖化を悪化させます。特に冬は顕著になります。
- 通勤に要する直接エネルギー(ガソリン、電気)
- 通勤に要する間接エネルギー(早朝の温暖化活動)
- 家屋と社屋それぞれに要するエネルギー(暖房エネルギーの重複消費)
- 冬の身体的活動に要するエネルギー(不足すると病気に)
- 不自然な活動=無理をすることで引き起こされるリカバリーエネルギー
遠い水を凍らせようとするよりも、本当はもっと身近なところで無理をしない生き方を選択すれば、人も地球も健康になるのです。
春に目覚め、夏に活動し、秋に蓄え、冬は休む
人間の体は10℃以下の環境では十分な免疫活動を行うことが出来ません。そして、地球は0℃を境に凍り始めます。私たちが暮らす環境下でもし、朝5℃を下回る状況が出てきたら動かずに、静かに凍ることを受け入れる体制が、今なら作れるのではないでしょうか。
また、目立って不自然なのは暦です。日本は真冬のさなかに大掃除をして新年を迎えようとし、寒さに震えながら「新春ごっこ」をしています。二年詣りに駆り出される巫女は堪ったものではありません。そもそも正月とは春の目覚めの時期に行うべきものであって、この点は春節の文化を守る中国に見習うべき所。旧正月に新春を迎えるのが正解なのです。
太陽エネルギーは地球にとって最も大きなエネルギー源です。これが減少する冬という季節は、夏に熱しすぎた地球がクールダウンするための大切な時間です。であれば、凍えない程度のエネルギー消費に抑えるのが地球の一部としての道理であると言えるでしょう。
エネルギー需要を減らすことを目標に開発する
AIの登場によってエネルギー需要が増えるというわけで、政府はこれに対応しようとしているようですが、これもまた見誤っていると言わざるを得ません。効率化とはエネルギー需要を減らすことそのものですから、一時的に必要数が増えるとしても人類が早々にがそれを拡大すべきではないのです。
人間が行うべきことは、無理な労働を控えて、活動しやすい時にしっかり働いて、活動しにくい時はしっかり休み、毒物を控え、健康になること。そして冬の活動を縮小してリモートへ移行し、以て地球を冷やし、人々を健康にしてあげることです。このようにすると地球を冷やすためのコストがあえてかからない上、医療コストや重複していたエネルギーコストがプラスになるおまけまでついてきます。
政府の負債とは非効率の結果であって、効率的な運営とは生命体としての人類と地球のリズムを完全に理解して連動したシステムの下に現れるものです。経済だけ追っていると完全に見落としてしまう観点です。数字を挙げようとして逆に非効率に陥ってしまうのです。
即ち気候変動問題を解決するたった一つの答えとは、大自然の多くがそうであるように「健康になること」=地球のリズムに沿って健康に生き生かすこと なのです。