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サイコパスの遺伝子が継承されている田舎の集落と、そこに暮らす三世代の親子をモニターすることになり、10年ほど経過しました。

反社会性パーソナリティ障害(サイコパス)とは

最も分かりやすい説明は「良心がない人」といったところでしょうか。このケースでは暴力事件やゴミ屋敷などで顕在化し、家族は違和感を抱えたまま苦しい立場に置かれています。社会的な共通良識が生成されにくい環境で悪化する人格障害で、手を打たずにいると正常な脳の子が混乱状態になり、社会に出られなくなってしまうケース(ニート化・社会不適合化)も発生します。

この集落でも多々見られた典型的なサイコパスの問題行動を挙げると、

  • その場の評価を上げられそうだからという理由で約束をする(断れないのではなく断らない
  • 約束を破られた人の気持ちが分からない(良心の呵責が生まれない)ため、約束を履行しない
  • 指摘されても悪びれる様子はなく、期限を遅らせたりして再度約束する
  • 法律の介入や世間に追い込まれない限り、履行しない

「嘘をつく」ということでも有名ですが、このように約束事においてもかなりの注意が必要になるのがサイコパスです。知能が高く、資産家や社会的に高い地位にある人が多いことでも知られています。

原因と世代別発症傾向

サイコパスが発症する原因は複合的なものであり、神経科学者ジェームス・ファロンによれば

  • 前頭前野皮質眼窩部、側頭葉前部、偏桃体の機能低下(脳の遺伝的物理要因)
  • 遺伝子変異(社会的・環境的要因)
  • 幼年期早期の虐待や人格形成期における極度のストレス状態(15歳までの家庭要因)

これら三つの条件が重なることで発症するとされ、私が観察を行った集落でもこの条件は当てはまると考えられます。例えばこの三世代における社会的・家庭的要因は、

  • 昭和初期(祖母)・・・人格形成期に大東亜戦争を経験し、極度のストレス状態となる
  • 昭和中期(父)・・・人格形成期に戦後の貧困時代を経験し、極度のストレス状態となる
  • 昭和後期(子)・・・人格形成期に高度経済成長時代(共働き)による母親からの愛情不足となり、慢性ストレス状態となる

このため、2023年時点で60~70歳代のこの脳は高確率でサイコパスを発症しており、これは社会性形成期(16~29歳)に体験した高度経済成長という時期を経て、経済(お金)に固執しやすい脳を持っている可能性が非常に高いと言えます。分かりやすく言えば、戦後の貧困のトラウマが、働くばかりで子供を顧みない人々を育てたわけです。

労働母はサイコパス(犯罪の芽)を育ててしまう

ジェームス・ファロン自身がこのような脳でも発症しなかったことの理由として、母親から愛情深く育てられたことを挙げています。安心の礎となる母親が家庭にあり、人格形成期に正しく感情や共感を学習することができれば、このような脳でもサイコパスを発症することはないのです。
私自身、育児に充てるべき時間を否応なく仕事に費やさなければならない時がありましたが、この時に悲しそうに背後でうつむく我が子がいたことを忘れていません。すぐに反省して配分を変え、十分に愛情を注げるようにしましたが、すべての人がこのように調整するのは難しいでしょう。母親が仕事に夢中になると、子供を「無視」してしまうのです。

世界平和のためにはサイコパスを首脳や官僚に選ばないこと

世界中の多くの人が、昨今のウラジーミル・プーチン大統領の行動に違和感や嫌悪感を感じています。「見せかけ」や「嘘」を伴って殺戮させる行動はサイコパスの可能性を示唆するものです。通常ブレーキ役が側に居ればおかしな行動には出ないはずですが、周囲の力ある官僚が(誰もそうとは気付かないまま)同様の障害を抱えている可能性も考えられます。

脳に物理的要因があるか調べるには

精神科のMRI検査により、脳をスキャンすることで活動状態を知ることができます。

神道による治療の可能性

知能が高く、良心がなく、人を騙し殺すサイコパスが権力を持つと社会は悪質なものになることを、古来より人類は感じ続け、ずっとこの対策を模索してきたように思います。宗教もその一つでありましたが、組織ができるとサイコパスはいつのまにか上座に潜んで居るのが常でした。

ただどんな宗教であれ、中身だけ見れば有用なものも含まれています(組織化=多層上下構造が良くないのでしょう)。その多くが言葉やルールで導こうとしてきたのに対し、神道は一風変わった方法でこの問題に対処してきました。それこそが旧宮中神道の秘儀であり、大祓詞(大祓神事で奏上される祝詞)で聞かれる「太祝詞(ふとのりと)」の正体です。該当部分を簡単に訳すと、「色々と準備して、太祝詞を唱えよ」「このように唱えれば、様々な障害物を取り払って神々がその思いを聞き届けてくださり、罪が消えていく」とあり、「唱えよ」と「このように」の間には声を出すという事だけが一般的には伝わっています。

この発声法を真に行うと、唇は青みがかかり、前頭部が凍り付き、一種の酸欠状態となります。その後静かに息を取り入れるということを繰り返し、一週間かけて朝から晩まで泊まり込みで行います。ただし単に発声すれば良いのではなく、ある覚悟が必要です。神々が聞き届けてくださるのはこの覚悟を伴った思いのみですから、漫然と発声しても罪は消え(=良心は宿り)ません。大祓詞にもあるように色々と断ち切って準備するのは、この覚悟を表しているようにも思いました。

この行は、肺活量が上がり健康になるだけでなく、前頭葉にかなりの刺激を与えるものであるという事に後から気が付きました。これを行った後に新嘗祭を前夜から行うと、その脳にはとても深い良心が宿るのです。私の、未熟だったすべての存在への愛と良心は、この行のおかげで目覚めることができました。脳が完成するとされる30歳より若い段階で行ったことで、より効果的に授かることができたのでしょう。

これはいわば神を作るための行とも言え、罪びとに良心を取り戻させる行とも言えます。これが本来の「禊」であり、公人に必要とされていたことだったのではないでしょうか。

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